八ヶ岳歩こう会 例会案内(ZOOMママ担当)  2005年10月10日更新 
旧甲州街道と原の茶屋跡を巡る(里山歩き) 終了しました。
御射山神戸の一里塚 原の茶屋跡 塚平の一里塚
「御射山神戸の一里塚」から「塚平の一里塚」まで歩いてみませんか?一里塚とは藩政時代、江戸日本橋を起点として三十六町を一里(4km)と定め、旅人の道標・休憩所として街道筋の一里毎に直径約10mほどの塚(小山)をつくり、塚の上には木を植えるなどして配置されたもの。御射山神戸(みさやまごうど)の一里塚には樹齢300年の見事な欅の大木があります。塚平の一里塚では、片側の塚だけが残っています。当時の旅人はどんな思いで歩いたのでしょう?旅人の気持ちになって歩いてみましょう。今回は、「原の茶屋跡」の前を通過、中には入りません。昔の面影が残る建物を外から、ご覧下さい。春(2005.4.19)には、原の茶屋跡で名取さんのお話を聞くことが出来ました。前回参加された方は、その時の様子を思い出して下さい。一日参加が出来ない方は、半日でも可能です。午前参加、午後からの参加も可。半日参加者希望者は私に連絡を下さい。このコースは、八ヶ岳八十八景に推薦したい眺めよい場所を歩きます。雄姿を眺められるかどうかは、お天気次第です。そして犬養毅の別荘だった「白林荘」のお庭を見せて頂けることになりました。今年(2005年)は紅葉が少し遅れているようですが伺う頃にはどうなっているのでしょうね?私は今まで塀の外から写真を撮っていました。今回は、許可を頂きましたので白林荘の中に入ってお庭をゆっくり見ることが出来ます。今年の紅葉は?「JRすずらんの里駅」で皆様を待ちしております。

日   時: 11月1日(火)
集合場所: すずらんの里駅 10:00 (すずらんの里駅着 下り9:54あり)
解散場所: 富士見駅 15:30頃の予定
歩行距離: 約12〜13キロ、旧甲州街道の一部を歩きます。

会   費:  八ヶ岳歩こう会会員200円 会員外500円
持 ち 物: 弁当、雨具、保険証、飲み物、ザック等

【ウォーキングコース】 すずらんの里駅(10:00出発)→神戸八幡社(ストレッチ体操)→神戸一里塚(10:40頃)→原の茶屋跡(12:00頃)→富士見公園(昼食)→塚平の一里塚(13:30頃)→とちの木風除林→とちの木集落→横吹方面→山林→とちの木集落→富士見公園→白林荘(庭の紅葉見学)→富士見峠信号→秋葉神社(ストレッチ体操)→富士見駅

(解散後の温泉は自由。「水神の湯」・木曜定休 「つたの湯」・火曜定休)
下見2004年12月13日(月)レポート 本番2005年4月19日(火)レポート 本番2005年11月1日(火)
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甲州街道は、江戸日本橋を起点とする江戸時代五街道の一つ。江戸内藤新宿から甲州石和まで表街道三八駅と甲府から下諏訪までの裏街道六駅で、下諏訪宿で中山道と合流し、全行程五三里十町余(320km)です。甲州街道は、今の国道20号線。JR中央本線・中央自動車道が併走する。甲州街道は、他の四街道に比べ当初は、道筋の整備がなされていなかったという。しかし約120年後、幕府の直轄地である甲府に甲州金の金座が置かれ、貨幣の鋳造が行われるようになると、街道は経済上、軍事上、重要な交通路となる。

御射山神戸(みさやまごうど)
 御射山とは、御狩野や競技場を指し、神戸とは、神様のお膝元、口元、とでも言う意味でしょうか?諏訪大社の社領であった原山の上社奥社である御射山で祭事賦役に古くから奉仕してきた人達の集落。そのエリアが今は御射山神戸と複合的な地名で呼ばれている。江戸時代には甲州街道の蔦木宿と金沢宿の合いの宿として発達したが、現在国道20号となった旧甲州街道に昔の面影が残っています。


御射山神戸(みさやまごうど)の一里塚 樹齢300年以上の見事な欅の大木がある。

神戸八幡(ごうどはちまん) 現在の建物は宝暦2年の建立。神戸八幡社の欅は、推定年齢390年、富士見町指定天然記念物。

「原の茶屋」 とちの木村と御射山神戸(みさやまごうど)村の間は距離が長く人家も無く、旅をするのに不便であったため、明和9年(1772)頃に松目新田の(名取)与兵衛が向原に出て茶屋を始めた。その後ここを中心にして次第に人家が増えて周囲の村と紛争が起きたので高島藩が40間四方の築地を築かせその中で茶屋を営ませた。現在、集落の出口辺りに古い家が2軒向かい合って建っている。屋根には珍しいスズメオドリ(屋根の棟飾りの一種)

「御膳水跡」 明治天皇がここの湧き水を飲まれたという。

「富士見公園」 明治44年、アララギ派の歌人伊藤左千夫、島木赤彦がこの辺りの風景に感激して公園を造った。白樺派の作家達の記念碑がある

「塚平の一里塚」 旧甲州街道の途中にこんもりとした塚が見える。塚平には片側の塚だけですが残っています。

「とちの木風除林」 強風で作物が実らないため、とちの木の村が高島藩に願い出て作ったのがこの風除林で、寛政年間(1789〜1800)に植えられたもの。樹齢およそ200年のアカマツが街道の左右に49本残っている。

「白林荘」 
大正13年に犬養木堂が余生を富士見で過ごそうと建てた別荘。富士見高原をこよなく愛し、特に愛着の強かった白樺を中心に荘内には数多くの木々が養成された。「白林荘」の名前は白樺に由来する。一万坪の手入れの行き届いた荘内は新緑、紅葉が美しい。

「犬養毅」 犬養毅は、号を木堂(もくどう)と称し、明治中期から昭和初期にかけて政党政治の確立に貢献した、清廉潔白な非常にすぐれた政治家であった。昭和6年(1931年)12月、76歳のとき第29代の首相となり、満州事変の解決にあたったが、翌年5月15日、有名な「話せばわかる」という言葉を残し、首相官邸において海軍青年将校の凶弾に倒れた。(いわゆる5・15事件)、書にもすぐれ、中国の政治家との親交も深く、情に厚い政治家としても知られている。
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白林荘の紅葉 2004年11月3日撮影
2004年11月3日撮影 きママな写真館の白林荘のモミジ

ミステリーウォークのご案内
2005年6月8日(水)に井戸尻遺跡ウォークをしました。その途中で見つけた旧国鉄のトンネル、このトンネルは何処まで続いているのか?八ヶ岳歩こう会の皆さんと歩いて確認したいのです。ワクワク探検隊結成!集合場所は下記です。皆さんのご参加をお待ちしております。
日   時: 12月19日(月)
集合場所: 信濃境駅 10:00 (信濃境駅着 下り9:46あり)
解散場所: 未定 何しろミステリーウォークですから・・・
        (信濃境→小淵沢方面に戻るのでご心配なく!)
歩行距離: ??キロ
会   費:  会員200円 会員外500円
持 ち 物: 弁当、雨具、保険証、飲み物、ザック等

2006年(平成18年)例会計画案
2006年1月25日(水) 栂池スノ−シュ−バスツァ−(日帰り)
2006年2月28日(火) 志賀高原スノ−シュ−バスツァ−(日帰り)
2006年3月12日(日) 富士見高原スノーシュー
2006年4月中旬    花見ウォーク
2006年5月16日(火) 富士見高原編
2006年6月初旬    新緑バスウォーク・千国街道(ちくにかいどう)塩の道ウォーク(日帰り)
2006年11月15(水)  小淵沢編
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