「八ヶ岳歩こう会」「八ヶ岳自然クラブ」のメンバーです。
タイトル
八ヶ岳歩こう会10周年記念事業 甲州街道ウォーク 
甲州街道14下見 2008年12月23日(火)晴れのち曇り時々風花 
御射山神戸の一里塚 樹齢300年の見事な欅
【ウォーキングコース】 信濃境駅→上蔦木信号(上蔦木公民館)→三光寺→古代米の里→真福寺→道の駅・蔦木→川除古木→岩田屋建材店→平岡一里塚→明治天皇巡行御野立所→机信号→瀬沢信号→吉見屋(諏訪神社)→しらかば園(昼食)→尾片瀬神社→とちの木防風林→塚平一里塚→透関馬頭観音像→富士見公園→原の茶屋跡→カゴメ富士見工場→石仏→神戸八幡社→神戸一里塚→青柳駅

八ケ岳歩こう会は2009年6月に10周年を迎えます。その記念に日本橋から八ケ岳の麓まで歩いて来ようと計画。その発案者が風路さんで責任者となりました。甲州街道14のコース、12月2日に車でお教えしましたが風路さんは一度も歩いていません。本日、甲州街道14のコースを初めて徒歩でご案内してきました。本番は来年4月20日です。自分の担当コースとはいえ、これで下見をしたのがなんと9回目です。本番前に何回下見をするのかな?記録更新中です。(笑) 下見をするたび、良いコースが見つかります。皆さんに喜んで頂きたいと思うと下見の回数が増えてしまうのです。担当場所が近いこともありますが、私自身、歩くことが好きだから出来るのかも知れませんね。近いから時間が出来たときに気になる箇所のチェックが出来るのです。今日も一カ所ショートカットのコースを見つけました。

車の往来は少ないですが人が居ないと思ってスピードを上げて走ってきますので道路の隅を一列歩行で歩きます。本番も参加者には一列になって頂く予定です。
蔦木宿跡が見えてきました。
今日は下見なので三光寺へお参りしましょう。
屋根の修復中ですが見事な銅板の屋根が吹き上がって太陽に照らされ光っていますよ。ここで手を合わせてきました。
道の駅に向かう途中、真っ白になった八ヶ岳が木々の間から見え隠れ!
信州蔦木・道の駅に到着。トイレ休憩後、出発!
蔦木宿跡の道には古い石碑が幾つもあります。
川除古木…町の天然記念物に指定されています。明治31年の洪水のときは、ここにあった大木を切り倒し水の流れを変えて蔦木宿を守ったそうです。
蔦木宿〜国道20号線を少し歩くと岩田屋建材の建物がありますので中に入ります。今車が見えている方角へ進みます。
暫く歩くと車両通行止めのチェーンがありますので黄色のチェーンをくぐります。両端にも針金がありますので注意をしないと転びそうになるので注意が必要です。その後、暫く歩くと国道20号に出ます。ほんの少し遊歩道を歩くと左に農道がありますのでそちらの道を歩きます。農道は国道20号線と平行しています。農道が終わったあと国道20号線を歩き、机の信号まで進みます。
机の信号です。右折しますのでボタンを押して信号が変わるまで待ちます。横断歩道を渡り、緩やかな上り坂を進むと突き当たりますので左折、そのまま暫く進みます。
落合小学校の前の家は風情のある建物です。この道を進んでいくと瀬沢信号に出ます。瀬沢信号、橋を渡ったら直ぐに左折して瀬沢集落の中を進む。趣のある旧甲州街道を愉しんで歩きましょう。
土俵を見ると土俵入りをしなくなるそうです。ここは何処でしょう?
中尾山 西照寺です。今日はこちらでお昼にしました。しだれ桜やソメイヨシノなど、桜の古木が何本もあって春には訪れたいと思いました。本番の時には寄る時間はないでしょうから最後の下見の時に車で来ても良いかも知れませんね?
本番では、ここでお昼にすることになっています。おトイレをお借りできることになっています。こちらの施設にはお願いの書類を提出してあります。
出発の時には青空でしたが、雲行きが怪しくなってきています。雪がパラパラ降ってきました。
塚平一里塚です。
本当の甲州街道は真っ直ぐらしいのですが、人の土地なので回り込んで向こう側に向かいます。ほとんどの方は突き当たりから左折してこの草原の下の道を進まれます。でも私は右折します。下の道を進むと透関馬頭観音像の先に出てしまうからです。
道路の左側に大きな建物が見えます。この建物の敷地に入ります。
紅林荘(時別養護老人ホーム)です。建物の右側は駐車場になっています。その端を進んでいくと道に出ます。その道を左折して少し歩くと透関馬頭観音像が建っています。
「透関馬頭観音像」 原の茶屋の旧甲州街道近くの観音窪地籍に建てられている。高さ146cmで二段の台石の上に三面六臂の忿怒像の観音様が安置されている。この観音像は1780年に原の茶屋付近の甲州街道が悪路で人馬の通行が渋滞するのをみかねた乙事村出身の透関が私財を投じて道路改修した記念に通行人の道中無事を祈願して建立したもの。
明治天皇御膳水跡…明治天皇がここの湧き水を飲まれたということです。
原の茶跡…とちの木村と御射山神戸(みさやまごうど)村の間は距離が長く人家も無く、旅をするのに不便であったため、明和9年(1772)頃に松目新田の(名取)与兵衛が向原に出て茶屋を始めた。その後ここを中心にして次第に人家が増えて周囲の村と紛争が起きたので高島藩が40間四方の築地を築かせその中で茶屋を営ませた。現在、集落の出口辺りに古い家が2軒向かい合って建っている。屋根には珍しいスズメオドリ(屋根の棟飾りの一種)
現存する旧甲州街道
神戸集落の裏道から国道20号に。
国道20号線から御射山神戸(みさやまごうど)の一里塚へ向かいます。
御射山神戸(みさやまごうど)の一里塚…樹齢300年以上の見事な欅の大木
ゴールの青柳駅に到着。車の手配をしてありましたので駐車場で送迎車が待っていました。道の駅で休憩後、我が家へ
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