「八ヶ岳歩こう会」「八ヶ岳自然クラブ」のメンバーです。
タイトル
峠シリーズ・笹子峠  2005年10月20日(木)晴れ 八ヶ岳歩こう会
集合場所 笹子駅9:45 ストレッチ後出発 ゴール 甲斐大和駅14:55着
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江戸から諏訪までの甲州街道のちょうど中間地点にあたる笹子街道は、標高1096m、甲州街道一番の難所でした。今回は旧道をたどり、トンネル上部の古道を登り、古き時代の峠そのものを確認し、当時の人達の喜びや悲しみを偲んでのウォークです。今日のリーダーは、八ヶ岳歩こう会会長のU氏です。
行程:JR笹子駅→国道分岐→矢立の杉入り口(古道を歩く)→矢立の杉→笹子隧道→(古道)笹子峠→天神宮を経て→(ここまで古道)清水橋(ここから県道)→天狗橋→本陣跡(駒飼宿)→初日橋(歩道橋)→JR甲斐大和駅
歩行距離等:約16キロ、標高差 約500m、歩行時間 約5時間
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天然記念物・笹子峠の矢立のスギ
参加者記念写真 21名
県指定天然記念物の「矢立のスギ」(昭和35年11月7日指定)根廻り幹囲14.80m 目通り幹囲9.00m 樹高約26.50m 幹は地上約21.50mで折れ樹幹中は空洞になっている。出陣する兵士がこの杉に矢を射立てて富士浅間神社を祀り、先勝を祈願したといわれている。甲斐国志や甲斐叢記などの古書に記されたり、北斎や二代広重などの絵にも描かれていることからもいかに知られた巨木であったかがうかがえます。
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笹子峠の登り口。登る前に腹ごしらえ、ムシャムシャムシャ。頑張って登り、そして峠に到着。
みんなで楽しい昼食風景 笹子峠にて
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笹子駅→国道20号→旧道分岐→矢立の杉→笹子峠→清水橋→天狗橋→甲斐大和駅
笹子駅前でストレッチ体操、これから笹子峠に向かって歩きます。国道20号を約2キロほど暫く進む。
国道20号が笹子川を渡る直前で左に県道日影笹子線が分岐する。大きく「笹子峠」と書かれた標識がありますので左折。
お天気は最高です。上り坂なので少し汗ばんできます。それでも気持ちが良いのでそれ程気になりません。昔の旅人もこの景色を見ながら歩いたのでしょうか?
県道日影笹子線に入ると杉・檜並木通りで日陰となり汗ばんだ身体がヒンヤリして気持ちがいい。お日様は有り難いのですが、登り道は涼しいと助かります。
笹子峠自然遊歩道に入る前に一休み、これからの道は皆さんが大好きな土の道です。地図上で左上が峠へ、右下が笹子駅へ向かう道。細い線が遊歩道、その途中にある木の絵が「矢立の杉」です。
古道の足下には沢山のアケビの実が落ちていてリーダーは「アケビ古道みたいですね。」と笑っていました。そのくらい大きなアケビの実が落ちていたのです。
沢あり、登りあり、下りあり、丸太橋あり、変化があって楽しい道でした。
県指定天然記念物の「矢立のスギ」に到着です。立派でしょう?どれほどの大きさか?隣に立っている人間と比べてみて下さい。
幹の中に、人が入ることが出来ます。何と空洞になっているのです。中に入って上を見上げるとポッカリ穴が空いているではありませんか。幹が太いので大人が5〜6人入っても大丈夫です。こんな状態でもしっかり生きている「矢立のスギ」に圧倒されました。
丸太橋、慎重に渡ります。少し湿っているので滑りやすかったです。一人ずつ、一人ずつ、一人ずつ・・・・
急斜面もありましたよ、お尻滑りをしていた方も・・(笑)。
八ヶ岳歩こう会のミスタービデオマンが撮影しながら歩き通しました。「頑張ったで賞」を差し上げます。ご本人も嬉しそうですね。イエー!!!
険しい山道から県道に合流。出口で一休み!
少し進むと笹子隧道に到着です。レンガ積みと列柱の組み合わせで明治の時代を感じさせます。この右に笹子峠登り道があります。

「笹子隧道について」
四方を山々に囲まれた山梨にとって昔から重要な交通ルートであった甲州街道。その甲州街道にあって一番の難所と言われたのが笹子峠です。この難所に開削された笹子隧道は、昭和11年から13年まで国庫補助を入れて二十八万六千七百円の工費を投入し昭和13年に完成しました。坑門の左右に有る洋風建築的な日本並びの柱型装飾が大変特徴的であります。昭和33年、新笹子トンネルが開通するまでこの隧道は、山梨、遠くは長野辺りから東京までの幹線道路として甲州街道の交通を支えていました。南大菩薩を越える大月市笹子町進分(旧笹子村)より大和村日陰(旧日影村)までの笹子峠越えは、距離十数キロメートル、幅員が狭くつづら折りカーブも大変多いためめざましくまさしく難所で、遙か東の東京はまだまだ遠い都だったことでしょう。昭和前期の大役を終え静寂の中にあるこの隧道は、平成11年、登録有形文化財に指定されました。(大月土木事務所)
時間もちょうどお昼、それぞれ場所を確保してこちらで昼食。歩こう会の昼食は、手作りのお料理があちこちから回ってきて嬉しい。誰かが笑いながら「消費カロリーより摂取カロリーの多い、八ヶ岳歩こう会の例会。」といっていた。これが楽しみで来ている方もいるのかしら?私のこと?参ったなぁ〜、大人の遠足万歳!(爆笑)
本日、リーダーのU氏から美味しいプルーンが全員に配られました。会長自ら作られたそうでとても甘くて美味しかったです。ご馳走様でした。プルーンの写真を撮ろうとしたら看板女優(梟マムさん、ひまわりさん)の二人がお花とドリンクを用意してくれました。ドリンクは梟マムさんの「ウォークの友」だそうです。お花は、、プルーンだけでは写真が寂しいと言ってひまわりさんが山野草を摘み用意してくれました。如何でしょう?(笑)
お腹も満たされ準備はOK。これからリーダーの後について笹子峠に向かいます。
新しい看板も暫くすれば落ち着いた色になって違和感もなくなることでしょう。
上り下りの道が続きました。健脚な八ヶ岳歩こう会の皆さん、この位の道なら大丈夫!
そして笹子峠です。案内をみると・・・右の道を1時間10分登ると、笹子雁ヶ腹摺山。左の道を登ると、カヤノキビラノ頭(三境)。進行方向に2時間30分進むと、大和村日影・かいやまと駅。来た道を2時間戻ると笹子駅です。
県道を横断して甲州街道峠道に入ります。
今日は、橋を何回渡ったかしら?滑りやすいので気をつけて渡ります。
甲州街道峠道出口です。ここから県道を進み、旧駒飼宿の前を通り、甲斐大和駅に向かいます。
駒飼宿(こまかいじゅく) 笹子峠の西麓にあった駒飼は、江戸時代には幕府の公用を継立する役目を果たし、旅行者の休泊のため、本陣・脇本陣・旅籠などが設けられた甲州街道の要所として知られていました。笹子への道の往還を一休み、その名の通り馬が餌と水を与えられたこの宿場は、今でも家が建ち並び、往事の雰囲気を残しています。
「笹子峠」
徳川幕府は慶長から元和年間にかけて甲州街道(江戸日本橋から信州諏訪まで約五十五里)を開通させました。笹子峠はほぼ中間で江戸から約二十七里(約百粁)の笹子宿と駒飼宿を結ぶ標高壱千九十六米、上下二里の難所でした。峠には諏訪神社と天神社が祀られていて広場には常時、馬が二十頭繋がれていました。峠を下ると清水橋までに馬頭観音、甘酒茶屋、雑事場、自害沢、天明水がありました。又、この峠を往来した当時の旅人を偲んで昭和六十一年二月十一日、次のような唄が作られ発表されました。

「甲州峠唄」 作詞・金田一 春彦 作曲・西岡 文郎
あれに白いは コブシの花か 峠三里は春がすみ
 後ろ見返りゃ 今来た道は 林の中を 見え隠れ
高くさえずる 妻恋雲雀 おれも歌おうか あの歌を
 ここは何処だと 馬子衆に問えば ここは甲州 笹子峠

この歌の発表によって旧道を復元しようという気運が高まり昭和六十二年五月、清水橋から峠まで地域推進の一環として、日影区民一同として大和村文化協会の協力によって荒れていた旧道を整備して歩行の出来る状態にしました。(佐藤 達明  文)
〜〜おまけ〜〜
レトロな村営バス(若いモデル付) 本日のリーダーU氏と武田勝頼公の銅像
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