「八ヶ岳歩こう会」「八ヶ岳自然クラブ」のメンバーです。
タイトル
稗之底村跡探訪ウォーク(信州八ヶ岳・富士見高原)下見 2004年6月28日(月)曇り時々雨
大先神社
富士見町指定史跡 稗之底古村址
稗之底村(ひえのそこむら)は、境方十八ヶ村に数えられる古村でした。「諏訪郡諸村並(ならびに)旧蹟年代記」(筆者不明幕末)に引用される天性十八年(1590)の「諏訪郡御検地御高帳」に高三十六石三升と記載され、僅かな田畑を耕して生計を立てていたが、ついにこの地を捨てて去らざるを得なくなった。その厳しい状況を、後の文書では「右稗之底村ノ儀、八ヶ嶽下ニテ地所至ッテ寒ク、作毛生イ立チ兼ネ、其ニ上野山伐リ尽クシ渡世難儀仕リ、正保年中立沢新田へ引越シ、其ノ後明歴年中以前ノ村方へ罷リ帰り家作仕リ候得共、前諸ノ通り渡世仕リ難ク候ニ付キ、乙事村へ引越シ住居仕リ中馬稼ギ等仕リ候」と記している。これは宝歴十三年(1763)中馬紛争に関する幕府普請方の産物改めが行われた際に、乙事村の役人が差し出したものである。稗之底村を放棄した村人が立沢村・乙事村に移住したことは、書面で明らかである。また、伝承によれば植松姓、北原姓、五味姓(一部)は稗之底より移住したという。ちなみに、このとき移転したという明歴二年(1656)銘の六地蔵石幢が乙事に現存する。こんにち跡地は埋もれ、特定するのは困難であるが、大先神社・屋敷平・稗之底の地名を残している。(富士見町教育委員会資料参照)

富士見高原・鹿の湯駐車場(車で移動)〜立沢Aコープ〜大山祇社〜千ヶ沢橋〜稗之底村跡地入り口〜西出口湧水池〜大先神社〜乙事滝澤ため池〜東出口湧水地〜富士見別荘〜古道棒道〜富士見高原
コースを考えるとき、車のない方でも参加しやすいように駅にします。歩き出しが「立沢」なので富士見駅からバスに乗る予定でした。でも、巡回バスが廃止、計画を大幅に変更。富士見駅から立沢まで歩くとかなり時間が掛かりそうです。結局、ゴールと歩き出しの両方に車を置くことになりました。

最初から立沢のバス停探しに苦労!Aコープ店の近くにあるはずなのに見つかりません。お店の方に聞くと「そこだよ!」と指さしている。「キョロキョロしてもバス停が無い!」良く聞けば・・今年の4月からバスは廃止になったそうなんです。バス停が無くなり、そこにはベンチだけポツンとあった。
大山祇社です。ここは元々小さな祠に祀ってあったが、武田信玄が棒道の往復をする際に山路の平穏を祈って三島神社から分霊し合祀した祇社です。
千ヶ沢橋に行く道が見つからないでグルグル歩きました。(汗) 地元のお爺さん、お婆さんに聞きながらやっと分岐の道が分かりました。
千ヶ沢橋
名前は書いていなかったのですが飲めるお水のようです。
稗之底村跡地入り口です。実はこの道、一度歩いたことがあるのです。平成12年10月5日(木)に原村のペンションオーナー数人で案内をして下さった。今年は平成16年ですから4年前。印象に残った道だったので、もう一度歩きに来たいなぁ〜と思っていた場所でした。
八ヶ岳の水が湧きだしている水路沿いを暫く歩きます。
稗之底村の産土神・大先神社への階段を上ります。
大先神社
乙事滝澤ため池
東出口湧水地
ご神木の中央にポッカリ空いた穴!
八ヶ岳の湧水が湧き出ています。中央にいる方は?写真をクリック!
柳出口湧水地の看板はあるのですが何処に湧水が?次回訪れたときに確認する予定。ここから富士見高原の別荘地内を暫く歩きます。
そしてヨドバシカメラ下の道に出ます。この辺で休憩、昼食予定。石仏が見えますか?歴史のある石仏なんでしょうか?調べてみなくてはいけないかも?ここから棒道を歩いて進みます。
逸見道とは?
古道棒道コースの案内板。
コース作りの時、一人で歩く事が多かった私ですが、今回は寂しい場所(稗之底村跡)を歩かなければならないので仲良しの風路さんに相談して一緒に歩いて貰いました。(苦笑) 佛供石の前で風路さんご夫妻。大きな石の上には石仏があります。
そのまま暫く歩くと富士見高原の棒道出口へ
今回は、時間の都合でショートコースでしたが小淵沢駅から富士見駅までのロングコースを考え中。
楽しかった座長の一人芝居!
石原裕次郎スタイル? 寂しく一人で横綱土俵入り カラオケパパ本領発揮!

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